たとえば、君が今開いた携帯電話のディスプレイに映る送信者が俺だったら、君はその「幸村精市」の文字を見て、今みたいに嬉しさを覆い隠しきれていない様子で口元を緩ませてくれるだろうか。
たとえば、メールを返信して五分と経たずに教室の入り口に現れた男が彼ではなくて俺だったら、君は今と同じように「あ、」と声を上げて顔をほころばせてくれるだろうか。
たとえば、君の手を優しく包みこんだそれが彼のものじゃなくて俺の手だったら、君は恥ずかしそうに顔を背けながら何気なく指を絡ませてくれるだろうか。
たとえば、俺が指と指の間に君の華奢な指が挟まったそれに少し力を込めたなら、君は遠慮がちにその手をそっと握り返してくれるだろうか。
たとえば、「今日は一緒に帰ろうか」と言ったのが俺だったら、君は今みたいに間髪入れずに「うん」と元気良く頷いてくれるだろうか。
たとえば、「鞄持つから貸して」と言ったのが俺だったら、君は「いいよ、悪いから」と首を横に振って拒否しながらも少しだけ嬉しそうにしてくれるだろうか。
たとえば、君に「今日は何か良いことあったの?」と尋ねたのが俺だったら、君は今日起こった面白い出来事を一生懸命俺に聞かせてくれるだろうか。
たとえば、「お似合いだね」と友達に茶化された君の隣に肩を並べているのが俺だったら、君は「やだなあ、からかわないでよ」と照れ隠しに笑おうとしてくれるだろうか。
たとえば、今君に少々気障な台詞を吐いたのが彼じゃなくて俺だったら、君は少し驚いてから嬉しさと照れと半分半分でどんな表情をしたら良いのか分からずに顔を赤らめるだろうか。
たとえば、君の歩幅に合わせて歩いているのが彼じゃなくて俺だったら、君は少しでも負担をかけまいといつもより早歩きをしてくれるだろうか。
たとえば、そんな君の一生懸命な姿を見て「可愛いなあ」と胸の内で思いながらにっこり笑ったのが俺ならば、君はそれに気付いて怪訝な様子で「どうしたの?」と首をかしげてくれるだろうか。
たとえば、君の唇に触れたのが俺のそれだったら、君はきゅっと目をつむって俺の制服の裾をくしゃくしゃになるくらい握りしめてくれるだろうか。
たとえば、キスを終えてとろんとした表情の君が見詰めているのが彼じゃなくて俺だったら、真っ赤になった顔を恥ずかしそうに必死に隠しながら「い、行こうか」と俺の手を引いてくれるだろうか。
たとえば、ふわふわと肌を撫でる秋風に吹かれて校庭を並んで歩いているのが君と俺だったら、君は優しさを目一杯詰め込んだような笑顔で笑いかけてくれるだろうか。
たとえば、君が愛したのが彼じゃなくて俺だったら、君は幸せになれただろうか。全部、全部、たとえばの話。
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