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抉る

  • echo0607
  • 2022年6月19日
  • 読了時間: 4分

嫉妬なんてするだけ無駄じゃない


彼女は唐突にそう言い放った。

まるで自分に言い聞かすかのように。彼女の視線の先、裏庭のベンチの上では、見慣れた銀髪がこっくりこっくりとうたたねをしている。彼女と俺は今、3階にある図書館で委員会の仕事をしながら、ちょうどすぐ下にある裏庭で秋風に吹かれながら気持ちよさそうに眠っている銀髪の男を見下ろしている。窓の隙間から、冬の訪れを感じさせる土気臭い風がひゅうと吹き込んだ。銀色の髪が風にひらひらと揺られ、威勢の良いくしゃみの音が聞こえた。


「人の気も知らないで」と、彼女は付け加えた。


私じゃダメなんだって。 でも、他の誰かってわけでもないんだって。要は私になんて興味がまるでないってこと。だから嫉妬なんてするだけ無駄なのよ。したところで、相手がいるわけでもないんだから。いつもの快活な口調で、彼女はそう言った。“嫉妬するまでもない相手”への不満を。今現在、彼女が不満を口にする相手は、俺一人だった。俺はただそれだけのことで、ほんの少しの優越感に浸ることができた。惨めでどうしようもない優越感、それを自覚しながら。


彼女は賢かった。他の女がするように、きゃあきゃあと黄色い歓声で彼をはやし立てるわけでもなく、吐き気がするような甘い声で回りをうろつくわけでもなく、ただ彼の良き話し相手に徹した。それは、彼女が敢えてその役目を買って出たわけではなく、彼女の素の部分が自然とそうさせたものだった。彼女は自分のそういう一面に気づいていたし、それ故にこの堂々巡りの中でそのことを一番悔やんでいた。だからこそ、俺は彼女のその“賢さ”に惹かれ、あわよくばその“賢さ”が自分に向けられれば良いのにと思わずにはいられなかった。思ったところで、どうにもならないというのに。


ふう、と息を吐く音が聞こえた。彼女が吐いたため息だった。きっと暖かく優しいため息だろう。そのため息すらも、冬をはらんだ風は冷たくさらって行ってしまう。黒くつややかな伏せた睫毛が、瞬きとともに上下し窓の隙間から差し込む光を乱反射する。“儚くも美しい”だなどと、ありきたりな表現では形容しがたいその様子に見惚れていると、伏せられた睫毛がくるりと弧を描いて上を向き、視線が重なるのが分かった。


「柳はさあ」


好きな人とかいないの。

ありきたりな質問、普段だったら女子たちが盛り上がっているのを聞いても気にも留めない質問でも、彼女の口から問われるとこんなにも胸が高鳴るのかと、自分で思いながら少し恥じた。「いるぞ。ここに」と言ったら彼女はどんな顔をするだろうか。そんな思いも儚く、彼女が次の言葉を口にする。


「私はたぶん、仁王のことが好きなんだと思う」


知っている。そんなことは、お前を一番近くで見ていた俺が一番知っているに決まっている。


「バカみたいな話だけど」と彼女は付け加えた。


馬鹿なことがあるものか。少なくとも、俺はお前が誰を好いていても「バカみたい話」などとは思わないだろう。


「柳はさあ。そういえば、そういう話あんまり聞かないね」


「話さないからな」


「ふうん」


彼女は賢い。頭の回転が速く、明晰な洞察力を持ち、はっきりと物事を分別できる。だからこそ、“そういう話”をあまり好まない俺に対しては、そのことを深く追求しない。ただしこのことに関しては、俺からしてみれば彼女は間違った選択をしていた。もっと深く追求してくれれば、もっと何かを問うてくれれば、俺と彼女の距離は縮まったかもしれないのに。それもこれも、もとはと言えば俺が人との距離の縮め方を知らないからそう思うのであり、すべては俺の甘えに過ぎないのだが。


俺は愚かだった。頭の回転が速く、明晰な洞察力を持ち、はっきりと物事を分別できる。だからこそ、俺は彼女にその一言を告げられずにいた。


嫉妬なんてするだけ無駄じゃない。


彼女はかつてそう言った。

俺はそうは思わない。


裏庭で、乾いた風に銀色の髪が揺れた。


憎たらしい。


この感情を、嫉妬と言わずして何と呼んだらいい。



180611

二周年&四万打フリリク

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